以前、70年代音楽の原体験のことを書いたのですが、実はもう一つ、
決定的にそっちの方向へ行くことになった衝撃的なエピソードがあります。
小学生の僕は、音楽にかなり興味はあったものの、TVやラジオから録音する
ことくらいしか頭にないため、なかなか自分のこころを揺さぶる音楽に出くわす
こともないまま、ヒットチャートを追いかけていました。
そんな頃、家の斜向かいに小さな電気屋さんが開店したのです。
「ナショナルのお店」と書かれた看板から、どこにでもある電気屋がまた1軒増えた
のかと、そのときは気にもしませんでした。
ところがある日の日曜日、遊びから家に戻ってみると、見知らぬ大柄のオジさんが
家に上がりこんで、母親となにやら親しげにお茶を飲みながら話しているのです。
(誰なんだ?この人・・・。)
と心の中で呟きながら、二人の脇を通りぬけようとしたとき、
「こんばんは。向かいの電気屋です。音楽が好きなんだって?
オジさんも大好きなんだ。今度、お店に来てごらん、レコードがいっぱいあるよ。」
いきなり、にこやかに話しかけられてしまった。
「あ、はい。ありがとうございます。」
とそのときは、もう社交事例の挨拶ができるようになっていたので、無難に切りぬけて
さっさと自分の部屋へ消えたのでした。
ただ、その後、以外にもこのせりふが耳に付いて離れません。
「レコードがいっぱい・・・」
その頃の僕のおこづかいでは、レコード1枚を買うのなんて、3ヶ月分くらい
ためなければならなかったのです。
(レコードがいっぱいあるってことは、もしかしてお願いすれば録音してくれるかも。)
子供ですからゲンキンなもので、思いついたらすぐ行動です。
電気屋さんが母親と話しているところに舞い戻り、
「レコードって、どんなのがあるんですか?」
とさっそく探りを入れてみます。
「そーだね、アメリカやイギリスのロックとか、ソウルとかいろいろあるよ。」
「見せてもらってもいいですか?」
「あ、いいよ。ちょうどこれからお店に戻るから、一緒に来ない?」
トントン拍子に話しは進んで、そのままお店について行くことになりました。
お店に入ってすぐにビックリ!
家電品は申し訳程度に並んでいるだけで、奥にはオープンリールデッキが
デーンと鎮座しているのです。テレビではみたことあったけど、本物は初めてでした。
その置き台に使われているラックには、はじからはじまでビッシリと、レコードが並んでいます。もう、これだけで完全にヤラれてしまいました。
(このオジさん、凄い!)
単純に感激した僕は、次々とレコードを見せてもらいますが、当時の最新ヒットでは
なかったので、全然知らないものばかりでした。
そんな中、オジさんは1枚のレコードをかけてくれようとしています。
「このレコードは、一番のお気に入りなんだよ。良かったら録音してあげるよ。」
といった後、針が落ちるノイズに続いて、拍手の音、そして
エレクトリックピアノのイントロからドラムとベースが絡み出し、まもなくあの歌声が・・・。
「Mother、Mother、there’s too many of you right there~」
この瞬間、鳥肌が両腕に走り、今まで体感したことの無い緊張のような、何か当時の
僕には表現不可能な言い知れぬ感覚に襲われました。
ダニー・ハサウェイの「ライブ」1曲目の「What’s going on」を聴いてしまったのです。
この金縛り状態を察したオジさんは、たたみかけるように次の手を仕掛けてきます。
いきなり、強烈なドラムのフレーズと共に、圧倒的な攻撃力のホーンセクションが
バリバリと鳴りだし、ものすごいグルーブがお店の中を駆け抜けていきます。
僕は更に言い知れぬ感覚に支配されて、ただ、身動きもできずにこの音楽を体験
することしかできません。
タワー・オブ・パワーの「バック・トゥー・オークランド」1曲目、
「Oakland Stroke...」を思いっきり浴びせられてしまいました。
・・・この後のことは、あまり良く覚えていません。
ただ、こんなことをオジさんが言っていたのだけは覚えています。
「オジさんはねえ、若いときにイギリスで暮らしていたんだ。そのときに、
日本人のベーシストと仲良しで、良く遊んでたんだ。」
「その人は、テツ山内っていうんだよ。」
この電気屋のオジさんが、僕の音楽性を決定的にした張本人です。
今ごろ何してるのかなあ。