まさか、こんな形でこの「取っておきのネタ」を書くことになるとは・・・。
もうみなさんが知っている通り
六本木ピットインが7月末で閉店するようです。
あの店の裏手にある会社で2年間勤めたこともあり、それほど多く通っていないけれど、
いろいろ思い出の多いライブハウスです。
特に、10周年記念コンサートは本当に一生忘れ得ない音楽体験を僕に与えてくれました。
1987年。
そのころ、僕は大学生で飯を食う金があればレコードを買い漁る、音楽バカのドラマーした。
8月30日(日)。
その日はとてもよく晴れた、暑い日でした。
僕は音楽サークルの先輩たちと、よみうりランド EASTという野外音楽堂に集合していました。
今日は「六本木ピットイン10周年コンサート」というイベントが行われていて、巷の話題は
なんといっても「KYLYN」の限定再結成でした。
坂本龍一や渡邊香津美、矢野顕子、村上ポンタなど、そうそうたるメンバーが70年代に
2枚だけアルバムを残した幻のバンドが限定再結成するんです!
この他にもナベサダさんやオマー・ハキムのバンドなど、一流どころが目白押し。
もちろん、僕は個人的に一人の女性の歌声を一番の楽しみにしていたのです。
いくつかの演奏が終わり、辺りが少しずつ夕闇に包まれようとしていました。
熱さも少し和らぎ、周囲の森からは一斉にマツムシやコオロギの大合唱が聴こえはじめています。
ふと見ると、ステージの機材がほとんど撤去され、グランドピアノ1台だけになっています。
「次は誰が出るのかな・・?」
誰ともなしにそう言ったのですが、誰が出てくるのかわかりません。
しばらくして、がっちりとした体格のピアニストがイスに座ると、反対側から一人の小柄な女性が
ゆっくりとステージ中央に進んでくるのが見えました。
周りの聴衆は、とりあえず拍手をしておこうかといった程度の歓声が起きたのですが、
多分、誰だかわからないのだと思います。
無理もありません、一派的な知名度は落ちていましたから。
しばらくの静寂。 ・・・かすかに聞こえるマツムシの声・・・・
そして、突然、グランドピアノから豪快な低音が響き渡ります!
ゴスペルを思わせる気高いイントロ、
繊細さと力強さをみなぎらせて、彼女を頼もしく包み込んでいます。
「Year!」小さな声で、彼女は覚悟を決めたように呟きました。
そして、そおっと、歌いだしたのです。
優しく、強く、神々しく。
明かりの灯る窓に映る 人影は誰を愛しているの
襟をたて歩く冬の街に 楽しげに揺れているから
ほんの少し微笑んでみる とても素敵な時のために
凍りかけた歩道からは 高く立ちのぼる湯気が白すぎて
街は今にぎやかに 夜のパーティーはじめだす
色とりどりに着飾って Back In Town
彼女が歌い終えたとき、
僕は涙があふれ、その場を動くことすらできませんでした。
聴衆はみな、静まり返っています。
そして、我に返ったかのように、割れるばかりの拍手がEASTに響き渡りました。
富樫春生さんのピアノとのデュオは夕闇の森に溶け込み、森の精霊を
祝福しているかのように、神聖な空間を造っています。
つかの間の時へ
Liberty
Christmas Tree
最後の曲が終わったとき、会場からは拍手と共に、歓声とも歓喜ともいえない
不思議な声がうねるようにこだましていました。
この日一番の拍手。
聴衆はみんな、彼女に心を奪われていました。
この後の演奏は、あまり良く覚えていません。
僕の感性はもうすでにオーバーフローしていたのかもしれません。
これが、僕の「とっておきのネタ」です。
六本木ピットイン、いままでありがとう。